「フリーランスを買い叩いてはいけないのである」

平田麻莉
(フリーランス協会 代表)

Fair Trade Interviews Vol.4
掲載日: 2023年11月30日
聞き手: 早川健治
文字起こし: 久保田祐子

——平田さんはフリーランス協会を2017年に設立されていますが、まず、設立に至るまでの経緯を教えてください。

平田 私は大学を卒業してすぐ、スタートアップのPR会社の立ち上げ直後から参加して、広報の仕事をしていたんです。そこでまだこれからのベンチャー企業から、フォーチュン500の一覧にランクインするような大企業に至るまで、いろんな会社の広報の戦略・企画・実行をお手伝いしていました。自分に合っていると感じましたし、広報を生業にしていきたいと思いました。

一方で当時は、普及し始めたばかりのSNSを介した世論形成の兆しが見え始めていたこともあって、今も問題になっている「多数派ですらないかもしれないのに声が大きい人」に世論が引っぱられる傾向に、私は疑問を感じていたんです。また、リーマンショックを見て、「いい経営とはどういうことなのか」についてトレンド・セッティングをしていくのはメディアの責任なのではないか、さらには、キー・オピニオン・リーダーになっている経営学の研究者にも責任があるのではないかと思っていました。そこで、研究者という存在にも興味が出てきて、経営とはどういうことなのか、世論はどうやって形成されていくのかといったことを、実証したり、研究者という立場から問題提起したりしていきたいと思って、学び直したんです。修士課程、博士課程と進みました。

ところが、その修士課程の時に、もともとPRが仕事だったということもあって、学生でありながら勝手にJBCCというイベントを立ち上げたんです。それは今も続いているイベントで、国内のビジネス・スクール同士のコンペティションみたいなものなんですが、当時の私は、そのために勝手にスポンサーを見つけて、勝手にメディアに出たりしていたんです。そうしたら博士課程に進学する時に、恩師が「学生をやりながらでいいから、大学の職員としても、広報や国際連携の仕事をやってほしい」と言ってくれました。学生が本分なので、業務委託で職員の業務を受けることになり、成り行きで、フリーランスかつ二足のわらじ、いわゆるパラレル・キャリアになったというわけです。

で、そうして働いていた時に、出産や病気で大学をいったん退学・退職する羽目になったんですが、体調が落ち着いてきて、子供も成長し、フリーとして広報の仕事を受けることが徐々に増え、フリーランスのPRパーソンとなって今に至ります。もう10年以上になりますが、この働き方が気に入っています。

——なるほど。

平田 ただ、私はフリーランスとして2回、出産や保育園探しを経験してみて、いわゆる日本のセーフティネットや社会保障の面で、フリーランスは“規格外の存在”なのだと痛感させられたんです。そもそも当時は役所の人たちにとっても、いわば“想定していない人”というか、フリーランスがどういう働き方をしているのか、役所の人たちは全然ご存じない感じがしました。「自営業」という枠は確かにありましたが、それはお店をやっている人や内職をしている人だとイメージされていて、今は一般的になった「フルタイムで場所にとらわれずに働く事業主」などが想定されていなかったんです。あの頃はフリーターと混同されることもよくありましたね。

そういうこともあって、周りの特に子育て中の女性たちから「私もフリーになりたい」と相談を受けながらも、自信をもって背中を押してあげられない自分がいたんです。あくまでも、「いろいろと大変で、自己責任でやることになるけれども、それでもよければ」みたいな言い方しかできませんでした。

でも、2015年くらいから、「一億総活躍」「女性活躍推進」などと巷で言われ始めて、2016年には『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)』がベストセラーになって「人生100年時代」がバズワードになりました。そういう世界観がわかりやすく提示されてきて、柔軟な働き方を望む人がこれだけ増えているのであれば、やっぱり、セーフティネットや社会システムも、そこに合わせていくべきだろうと思ったんです。それで、フリーランスの有志たちと一緒にフリーランス協会を立ち上げた次第です。

——個人的な体験と公共的なニーズの両方に根ざした活動なのですね。そんなフリーランス協会は、設立から現在に至るまでの6年間で大きな成長を遂げました。例えば、骨子となる「ベネフィットプラン」という優待特典サービスは1万円というリーズナブルな年会費で、かなり充実した内容の保険や補償を受けられますし、協賛団体や応援企業もたくさんあります。短期間でここまで活動を成長させた軌跡を教えてください。

平田 恐縮です。やはりいろんな方々の善意に支えられてきたということに尽きると思います。それにつけても、この団体を自分が立ち上げようと思ったのは、私の専門が広報だということと無縁ではないんです。フリーランス仲間と雑談をしていて、「フリーランスの声を形にするための窓口みたいなものが必要だよね」という話になった時に、「あ、自分なら、その窓口を作れるかも」とおこがましくも感じたんですよ。というのは、フリーランスってバラバラじゃないですか。どこかに集まってるわけでもなく、みんなが個別に活動しています。そういう状況で声を集めたい場合は、「ここに声を集めて」と旗を立てる必要がありますよね。その点、私の専門は広報なので、例えばメディアの力をお借りして、その旗を目立たせることができるんじゃないかと思ったんです。

——確かに。

平田 そこから約1ヶ月半後、ほかの自分の仕事もまったく整理しないまま、「スモール・スタートでとりあえずやってみよう」という感じで設立記者発表をやりました。その時はまだ任意団体で、提供できるものなど何もなく、こんなことをやりたいと大風呂敷を広げただけでしたけれどね。

ただ、一応、私の専門が広報なので、ちょっと気合いを入れて挑んだのは事実です。まず、何もないところにメディアの取材は入らないので、認知度を上げておくためにも、設立に賛同していただけそうな賛助企業を個別に回って集めるところから始めました。結果、23の企業・団体が設立時点で賛助企業として名を連ねてくださって、それら組織の知名度もお借りしながら、設立記者発表をやったわけです。

そうしたら、おかげさまでたくさん報道していただいて、まだ提供予定のサービスも何ひとつ用意していないなか、ただのグーグル・フォームで作ったメルマガ受信希望フォームに、3日間で1500人以上の登録をいただきました。急いで配信するメルマガを準備しなければと慌てましたね。しかも、皆さん、備考欄に熱いメッセージをくださったんです。「こういう団体を待っていた」「こういうことをしてほしい」「こういう課題で困っている」と。これは本腰を入れてやらなければいけないと、今もやっている自分のPRコンサルの仕事を、慌てて減らしました。そのくらい急にすごい反響をいただいたんです。

——すばらしい。

平田 そのあとは、報道を見た企業が次から次へと連絡をくださいました。それこそ、今、賠償責任保険は、損保ジャパン、東京海上日動、三井住友海上、あいおいニッセイ同和損保の4社の共同保険として提供しているんですが、この4社も記者発表後1週間以内に、お問い合わせをくださったんです。それで、大変僭越ながら、コンペをさせていただきました。しかもコンペをしたにも関わらず、結局、「誰の回し者にもなりません」みたいな感じで4社共同でお願いすることにしました。今思い返しても、よくご理解いただけたなと(笑)。

——なるほど(笑)。

平田 この保険は、たぶん、初めは会員が少なかったので、各保険会社は赤字というか利益が出ていなかったと思うんです。でも志に共感したからこそ、やってくださったのでしょう。特に、私たちフリーランスは、年収も人によってさまざまですので、いわば保険料となる有料会員の年会費も、絶対1万円以下にしたいと初めから決めていました。年会費を抑えて、幅広く誰にでも手が届くインフラにしたいと思っていたんです。なのに、保険会社に対しては「職種を問わず、あらゆるトラブルをカバーする賠償責任保険にしてほしい」などと、無茶で高いボールを投げまくってしまっていましたね。そうしたら、結果的に幹事保険会社にもなってくださった損保ジャパンの社長が、「これは全力で協力するように」みたいなお達しを、報道を見て出してくださったらしく、その鶴の一声のおかげで奇跡のような保険が実現したという面もあります。保険以外でも、会計サービスやコワーキングスペース、銀行やWiFi、家事代行、Zoomなど様々な優待をご提供頂いて優待特典(ベネフィットプラン)を提供していますが、そのほとんどが当協会に関する報道を見て、特典を提供したいとアプローチしてきてくださった会社です。

ちなみに、有料会員の年会費1万円から、保険などいろいろな提供サービスの原価を差し引いた金額が、スタッフへの報酬も含めた協会の運営費になっています。ただ、協会自体はもともとプロボノ集団で、私も4年目まで報酬ゼロでやっていましたし、ほかの事務局メンバーも、自分が食べていくためではなく、社会的意義への共感で参加してくれています。つまり、この協会には初めから、それほど運営費を要する体質はないと言えます。これが、「会員が増えた分は、会員に還元しよう」という考え方につながり、有料会員が増えるのに伴って、年会費1万円のうちの原価を上げていくことにしたんです。具体的には、保険を毎年少しずつアップグレードさせたり、新しい特典を加えたりしています。

——元気がわいてくるお話ですね。さて、ここから話題を、フリーランスの中でも「本の著者と訳者」に絞りたいと思います。まず、法案が可決されて間もないフリーランス新法についてです。この法案は、業務委託を受けるフリーランス事業者をさまざまな形で守ることを主な目的としていると理解しています。一方で、本の著者・訳者は「著作権の使用許可」という形で出版契約を結ぶので、そもそも「業務委託」ではありません。そんな著者や訳者にとっても、フリーランス新法は恩恵を何かもたらしてくれるのでしょうか。

平田 その点については、まだ整理が追い付いていないのが現状かなと思います。仰る通り「業務委託を受けている」ことが特定受託事業者(フリーランス新法の対象となるフリーランス)の条件ですので、基本的には、業務委託ではない契約は残念ながら対象外です。しかし、出版業界において「著作権の使用許可」という形での取引が散見されることは、公正取引委員会も認識しており、どう対策していくかを今後検討してほしいと当協会からも依頼しています。

——もうひとつ、本の翻訳の報酬そのものについて懸念があります。一般的な翻訳者が、1日約1500単語を訳して月22営業日だと仮定して、1冊の本が平均的に8万単語くらいあるとすると、その本を訳すためには、校正も含めて約3ヶ月の作業期間が必要となります。対して、平均的な出版契約では、この長さの本ですと保証印税が6%くらいです。本の単価2000円×6%×初版3000部=36万円が、本1冊訳して得る報酬ということになります。これを月収に換算すると約12万円、時給に換算すると682円。つまり、全国の最低時給をゆうに下回るんですが、労働基準法が当てはまるとしたら違反ですよね(苦笑)。

平田 ええと、それで言うと、フリーランスは「事業者」であって「労働者」ではないので労働基準法の対象にはならないんです……

——そうですね。あくまでも喩えです。

平田 はい、そういう場合は、「事業者」として値付けをする、つまり価格交渉することになりますよね。そもそも民法上の事業者が置かれている前提は「双方が対等な立場として主張し合った結果、双方が納得して合意した条件で仕事をしています」ということなんです。つまり、事業者は、その条件が割に合うと思えば契約するだろうし、割に合わなければ契約しないだろうと想定されているわけですね。ただ、現実には、必ずしも対等な関係ではないし、フリーランスを始めとする下請事業者の人たちは納得できない条件も呑まされてしまっています。なので、トラブル防止のため、独占禁止法や下請法、そして、フリーランス新法といった競争法が作られています。

ただ、法律で保護できる面も限界があります。私たちフリーランスは一人ひとりが経営者なので、契約内容を事前に確認するとか、納得いかない条件の仕事は受けないなど、自己防衛というか、自分で工夫をしていかなければなりません。その両方が必要だと思うんです。

やはり、私たちフリーランスとして働く者は、事業者として、自分の生活を安定させる収入を自分で確保したり、契約トラブルを自分で防いだりする必要があり、いわば自己責任みたいなところがあるんですよね。そして、自分の交渉力やリテラシーを上げていく自助努力も必要です。そこを法律が支えていくわけで、自助と法律のどちらかだけではダメなんです。

その点、今回のフリーランス新法は、一応、禁止事項の中に「買い叩き行為」があります。つまり、著しく低い報酬を設定することを禁止しているんです。では、何をもって「著しく低い」とするか。そこは、いわゆる“業界の相場”のようなものと照らし合わせながら、問題が生じた時は、公正取引委員会や裁判所に、法律に基づいて判断してもらうことになると思います。

——もう少し具体的に教えてください。

平田 例えば、「この分量を請け負うからには、このくらいお金をもらえるだろうと想像していたけど、振り込まれてみたら桁がひとつ違った」みたいなことは、今も起きていますよね。そういうことが起きないように新法ができました。依頼主はちゃんと事前に「分量はこのくらいの仕事で、納期はいつで、いくらです」という条件提示をし、そうやって一度決めた条件を一方的に減額したり、支払を遅延したりするのはダメだと新法で謳うことで、トラブルを回避できるようになります。

反面、仕事を引き受けるうえでの「好ましい条件」が何であるかを具体的に政府が規制してしまうと、自由取引を阻害しかねません。過度な規制をかければ、フリーランス自身のクリエイティビティや、事業者としての裁量も失いかねませんので、そこはバランスが大事だと思っています。また、法律がフリーランスばかりに有利になることで、発注控えのようなものを招いては本末転倒です。その点、フリーランス新法は、バランスを考えて作られていると思っていますし、私たちもそうなるように要望を出してきました。

では、「時給換算したら、仮に労働者だった場合に労基法違反になるくらいのお仕事」をどうしていくのか。そこはやっぱり、私たちフリーランスがそういう仕事に対して「ノー」と言い続けて、「フリーランスを買い叩いてはいけないのである、搾取してはいけないのである」という機運を作っていくのが大事なのではないでしょうか。「適正な報酬を支払わなければ、優秀な翻訳者には仕事を頼めないな」という機運をです。

今は、どこの業界も人材不足なので、私たちフリーランス自身ももっと毅然と交渉していっていいと思うんです。でないと、どんどんダンピングが起きてしまいかねませんので。もちろん、デビューしたての新人が安い価格で請け負うことはどんな業界でもありますから、それは別としても、「適正な報酬をもらっていくんだ」とフリーランス同士が自覚して、業界全体で考えていかないと、安く請け負う人がどんどん増えて相場が下がっちゃうみたいな現象が止まらなくなりますよね。

——搾取的な案件に対して「ノー」と言ってダンピングを堰き止めるのは、フリーランス新法と離れて考えたとしても重要ですね。ただ、その際に、本の著者や訳者がジレンマに直面することもあります。例えば、提示された報酬は少ないけれど、本音としては金銭度外視で請けたい場合などです。つまり、それを自分が請けることで業界が被る悪影響を思うと、“公共的”には請けるべきではないとわかっているんだけれど、“個人的”にはその原作に思い入れがあるから請けたいとか、自分の名前が表紙に載るから請けたい。あるいは、自分が請けなかったら、もっと経験が浅い人が、さらに悪い条件で請ける羽目になるかもしれない。そういうことがあると思うんです。公共的なものと個人的なもののバランスをとっていくうえで、役に立つ考え方というか戦略のようなものはあるものでしょうか。

平田 おっしゃる通り、わざわざフリーランスという形を選んで働いているのにお金だけが大事という人はわりと少なくて、自分の作品が世の中に出ることが嬉しいとか、名前が載るとか、誰よりも早く海外作品を読めるのが嬉しいとか、いろんなことを優先していると思うんです。現に私も、フリーランス協会の仕事をずっと報酬ゼロで続けていたわけで、監査の人から「それってどうなんだろう」と怒られても、「私の時間だからいいじゃないか」と反論しながらやってましたね(笑)。実際、案件によって自分で自分の値付けを変えられるのもフリーランスの醍醐味でもあるし、それ自体を私は否定しません。でも、業界全体のことを、やはり考えていく必要があるわけです。そこで、私がよくフリーランスの人におすすめしている方法があります。

——どのような方法でしょう。

平田 まず、「本来はこういう金額です」という見積もりをきちんと出したうえで、「特別お値引きでこの価格にいたします」と提案すること。そういうプロセスを踏むことは大事だと思っています。

特に、出版業界であれば、発注者も慣れていて、それなりにリテラシーがあるんでしょうけれども、業界によっては、発注者自身に相場の知識がない場合があるんですよ。そういう時に、「その仕事ならこんなに低い金額で請けられます」と言う人が現れると、発注者に誤った相場を教育してしまうことになりますよね。その間違った教育をしないことが、すごく大事だと思うんです。

あるいは、ひょっとすると、出版業界もこれまでの長い歴史の中で、間違った教育が少しずつ積み重なってきた結果、かなり低い報酬額が定着してしまっているのかもしれませんよね。その状態で、発注側の認識も固まってしまっているのかもしれません。「これまでの経験から、これくらいの仕事なら、これくらいの値段で請けてくれるだろう」のその「値段」が、どんどん競り下がってきてしまっているのかもしれないなと思います。

ならば、それを逆に上げていく必要があるわけです。そして、まさに皆さんのような取り組みをされている方々が呼びかけ、啓発することで、ちょっとずつみんなで上げていこうという動きを業界全体でしていくのが大事なのではないかと感じます。こういうのは、カルテルとかそういうこととはまた別で、適正価格を求めていくには業界全体で取り組む必要があるんです。結局、誰かが安く請け続けたら安いとこで止まっちゃいますので、そうではないんだという気運を作るのは大事だと思います。

——見積もりを段階別に提示するというのは、いいアドバイスですね。いずれにしても、現時点では残念ながら、本の著者や訳者はキャリアとして成立しにくいです。例えば、時給換算で682円しか稼げないのだとすると続けていけませんし、何十冊も本を出したからといってその報酬額は必ずしも上がりません。そんな本の著者や訳者が、フリーランス事業者としてキャリアを形成していくにあたっての、考え方や注意点などのご提案はありますでしょうか。

平田 その質問にお答えする前に、伺っていてちょっと思い出したんですが、やっぱり、業界の先駆者というか、業界の中ですでに活躍している人たちこそが率先して、適正価格を求めていくのがすごく大事だと感じるんですよ。つまり、ある意味、競争力がある人ですね。

だって、翻訳のようなお仕事って、誰もができるものではないじゃないですか。2つ以上の言語ができればそれで済むというものでは全然ないですよね。現に、「この人に頼めば間違いない」と思える翻訳者から、後からかなり直しが必要になる人までいて、能力差がわかりやすい業界だと思うんです。そういう業界において、仕事が集まる人、つまり売れっ子だという自覚がある人から、まず、強気の設定をどんどんしていかないと、下が続いてこないんじゃないでしょうか。

でも現状ではきっと、自分のプライスリストを見直していない人というか、出版社との取り決めを何年もずっと同じ価格でやってるような人がいるんじゃないかと思うんです。例えば、「この出版社とは何ワードいくら」のルールが10年以上そのままとか。10年以上そのままって、普通の会社員で考えてもあり得ないじゃないですか。10年のうちには、その翻訳者のスキルだって上がっているはずですし、実績も増えてきているわけですよね。

なので、先ほど言った「見積もりを出しておくこと」のほかにおすすめしているのが、価格表の改訂を、年1回など定期的にやると決めることです。そして交渉力のある人、つまり仕事がたくさん来る人は、業界全体のためにも「今年はこの価格でやっているのでよろしくご理解ください」という強気の姿勢を見せて、ちょっとずつ適正価格を上げていくということを、してみてもいいんじゃないかと思います。

——すごく具体的でハッとさせられました。

平田 そして、それにつけても、フリーランスの人が、キャリアというか、収入面での安定とか、より高みを目指していくためにはどうしたらいいかというと、方法はシンプルに3つだと思うんです。

1つは、今言ったように、自分の時間あたりの単価を上げていくという方法。やっぱり、どんな人でも、24時間365日という限られた時間を使って食べていく工夫をする必要があるので、時間あたりの単価を上げていくのはシンプルに大事なことなんですよ。何年も同じ時間単価でやっているというのはあり得なくて、そこは自分の経験値やスキルが上がっていくにつれて、単価も上げていかなければなりません。その交渉も自分でやらなければいけません。事業者なので、ちゃんとやりましょう。どうしても言い出しづらかったら、価格交渉をしてくれる第三者を立てるのも一手です。無料のメールアカウントを作成し、秘書と名乗って条件交渉をしているという強者の話も聞いたことがあります。

2つ目は、独り歩きするコンテンツというか、いわゆる“チャリンチャリンモデル”を作ることです。つまり、勝手に売れてくれるコンテンツを作るという方法です。例えば最近ですと、YouTubeで何かやるとか。自主的に翻訳したものなどを、もちろん著者の許可を取ってですが、自費出版するとか。もしくはブログや有料メルマガで紹介していくとか。つまり、形は何であれ、自分がいちいち翻訳して納品するという作業を繰り返さなくても、勝手に売れていってくれる作品を世に出すことです。

もしくは翻訳講座や、自分が長けている言語の講座などを、YouTubeとかウェビナーで開くとか、ブログを介してアフィリエイトをやるという方法もあります。そういう個人のスキルや知見を金銭化したり、発信して課金させたりというサービスが、今、世の中にすごくたくさんあるので、そういうところでコンテンツが売れていくという状態にすると、自分の時間を使わなくても、収入を得られるという状況になります。それが2つ目の方法ですね。

そして3つ目は、よく使われる方法です。向き不向きもあると思うんですけれども、さらに上流の仕事に移ることです。例えば、自分がその仕事を請けたうえで、お弟子さんなどほかの人に振るような形にして、自分はマネジメントやプロデュースや監修のような立場で報酬の何割かを取りつつ、後輩の育成もしていくという方法です。そうすると、自分独りでは3カ月間で仕事を1件しかできなかったところを、そうやってお弟子さんを育てるような形にすれば、3カ月間で複数のプロジェクトができるし、印税全部ではないけれど、その一部を指導料というか監修料として自分がもらえます。それが、双方にとってウィンウィンな関係になっていればいいわけです。つまり、駆け出しの翻訳者さんにとっては、プロの人に指導してもらえるいい機会になるでしょうし、プロの人もそうやって担当できる案件が増えて、依頼を断わらずに済みますよね。

とにかく、基本的にはどんな職種の人でも、1人の体を使って24時間365日の中でできることによって収入を増やしていくとなると、ざっくりその3パターンのうちのどれかになるのだろうと思います。

——わかりやすいご提案をありがとうございました。では、そうやってキャリアを考えていくうえで、本の翻訳や著作を生業としている人が、フリーランス協会のベネフィットプランに入ることで得られる具体的なメリットはどのようなものでしょう。

平田 実際、会員に翻訳者の方は多いんですよ。皆さんがどこに魅力を感じてくださっているのかは、データが取れているわけではないのでわからないんですが、例えば、賠償責任保険は著作権侵害もカバーしているんです。ご本人が意図していなくても、ちょっとフレーズが似ているなどの理由で、訴訟を起こされかねないことってあると思うんですが、そういうことに備えられます。それから、納期遅延も場合によってはカバーできます。例えば、急病や事故など、やむを得ない事情で納期に遅れて、依頼主とのあいだに問題が生じた場合などに賠責が使えます。

もうひとつ好評なのが、「フリーガル」という報酬トラブル弁護士費用保険です。例えば、「予算が調整つかなくて印税を減らさせてください」とあとで言われた時や、未払いのまま「そのうちキャッシュができたら払うから」と言って延々と払ってもらえない場合などは、弁護士費用保険を使えば、自己負担ゼロで弁護士さんが動いてくれて、内容証明を送ったり訴訟提起したりしてもらえます。内容証明を送っただけであっさり払ってもらえたという話もよく聞きますし、「フリーガル」は好評です。

それと、私たちフリーランスは、労災や傷病手当金の対象となりませんし、身ひとつで仕事していて病気やケガで働けなくなると、即、収入がストップしてしまいますよね。そんな時に安心なのが「収入・ケガ・介護の保険」です。これは人によって必要な掛け金が違うので任意加入の保険なんですけれど、一般的な保険に比べると、会員ならその半額くらいで加入できるので、これもかなり好評です。

——こうしたサービスは、海外在住者でも利用可能なのでしょうか。

平田 あいにく賠償責任保険やフリーガルは、相手も自分も国内に住民票や登記簿を置いている事業者でないと利用できないんです。この点については私たちも随分と交渉したんですが、国境を越えないという保険業法上の規制があって難しいそうなんですよね。

——でも保険関連以外なら、海外在住でも受けられるサービスがいろいろとあるということですね。

平田 そうです。あるいは、一時的に海外に滞在していても住民票が日本にあれば、基本的に、国内対象のサービスを受けられます。開業届の住所などよりも住民票がポイントで、そもそも開業届を出していなくてもフリーランス協会の会員にはなれます。

——わかりました。ところで、先ほども「約3日間で1500人以上の登録があった」「社長の鶴の一声で保険が実現した」といったすばらしい成長のお話がありました。そのときに、顔や名前を出しながら活動をする場面も多かったと思いますが、そうした理由から不利益を被ることはあったでしょうか。

平田 不利益ですか。

——例えば、クライアントから煙たがられるとか。

平田 ああ、クライアントから煙たがられることはまったくなくて、むしろ、有難いことに皆さん応援してくださっています。また、会員の皆さんからしても、例えば最近は、「スナック曲がり角」という会員同士の交流イベントを全国各地で開催しているんですが、そのたびに皆さんから感謝の声をいただいて、私たちがすごく勇気づけられる場にもなっているんです。

強いて言えば、なぜか私たちがインボイス制度導入を推進しているとか、フリーランス協会のせいでインボイスが中止できなかったんだというデマがTwitter上の一部界隈で広がってしまったことがありましたね。もちろん、事実無根です。私も免税事業者ですし。一方で、協会の会員はすごく多様ですから、インボイス施行前から既に課税事業者の方も少なくないですし、制度に賛成の人も反対の人もいると思うんです。それを私たちが勝手に代表して、賛成だとか反対だと言う立場にはそもそもないと思っています。私たちの活動内容はあくまでも、実態調査をして、その調査結果をそのまま見せることだと考えています。

インボイス制度について不安に思っている人たちもいるので、その不安を払拭して、事業者として自己防衛するためにはどうしたらいいのかを提案するために、セミナーをやって、財務省のかたに解説してもらったりはしましたよ。そうしたら、それだけで財務省の回し者だとか推進団体であるかのように叩かれたんですよね。その時にいろんなデマが飛び交って、個人攻撃もされました。それまでは6年間、フリーランス協会が批判された経験はなかったので、ショックでしたし、すごく落ち込んだんですが、長年協会の活動を見守ってくださっている会員さんたちはそうしたデマに惑わされることもなく、分かる人は分かってくださっているわけですし、あまり気にしても仕方ないと周りも言ってくれました。

——むしろ、そう言われるくらい存在感があるということかもしれませんね。

平田 努めて前向きに考えればそうなのでしょうか。そもそも協会が設立した時点で、すでにインボイス制度の導入は国会で過半数の承認を得て可決成立していたんですから、冷静に考えて私たちの一存でそれをどうこうするような力があるわけがないじゃないですか(苦笑)。でも確かに、そんな力があるかのように誤解されるほど、協会に期待してくださっているのかもしれません。

——それにしても、協会がウェブサイトに載せている記事などを読めば、デマなのは明らかですよね。免税事業者への差別のようなことが起こらないように、被害や損失を最小限にせよという提言を、政府に対してもたびたびされているのに。

平田 ありがとうございます。ちなみに、私が凹んでいたのを見て、SNS運用を担当してくれているインターン生が、誹謗中傷やデマに類する投稿を調べて分析してくれたんです。そうしたら、その半数以上が、反政府や反与党、反消費税のアカウントでした。botみたいに、政治的活動の一環としてインボイス制度も批判しているという感じだったんです。反面、フリーランス協会の会員の多くは、私たちの姿勢を理解してくださっていますし、その騒動で会員が減るようなこともありませんでした。もちろん、中には本当にフリーランスとして食べていくのが苦しくて強い不安を抱き、それを誰かのせいにして攻撃しないとやっていられないという心境の方もいらっしゃるのだと思います。それは真摯に受け止め、買いたたきを無くしたり、不安を払しょくしたりするサポートを地道に継続していきたいと思っています。

——さて、最後になりますが、本のフェアトレードはまだ設立されて数ヶ月しか経っていません。認証基準から活動の射程や組織論まで、すべて模索中という段階です。そうした黎明期にある当団体に向けて、アドバイスがあればぜひ教えてください。

平田 ご活動は本当に素晴らしいと感じながら拝見していて、今回、お声がけいただいてすごく嬉しかったし、アドバイスをできるほどの立場にはないんですが、何かを変えようとする場合、インパクトを出すために力になるのが“数”だという実感はあります。

現に、私たちの協会のベネフィットプランができあがる過程でも、やはり、会員数が増えれば増えるほど、「うちも何かを提供したい」という会社がどんどん現れたわけですから。ちなみに、設立してからは今まで、私たちから「ベネフィットプランを出してください」と売り込んだ相手は、ほんの数社なんです。たぶん片手で数えるほどもないんですよ。基本的には皆さん、報道をご覧になるなどして、「そういうのがあるなら、うちも参加したい」という感じで、向こうからお問い合わせが来て増えていったんです。

その際にやはり、集団が見えた方がいいというか、企業からすれば「そこに市場が見える」という状態になれば、どんどん協力者も増えていくと思うんです。政策提言をするうえでも、数千人よりも数万人の声があった方がいいですよね。私たちの協会の場合は、ほかに同じような存在がいなかったので、数千人だった段階から、政府の方が当協会の実態調査データを見てヒアリングにいらっしゃることもありましたけれども、そこで信頼感を得たり、重宝していただけたりしたのは、会員の皆さんが声を寄せてくださっていたからだと思います。

そういう意味でも私たちは引き続き、より多くの、そしてより多様な声を集められるように会員総数の規模を大きくしていく責務があると考えています。つまり、私たちの調査票が届く人たちの母集団に偏りや漏れがないか、常に自問自答しています。本のフェアトレードのご活動も、同業の方々がしっかりと共感して、そこに連なってくれるようになれば、その分、起こせるインパクトも大きくなっていくんじゃないでしょうか。ぜひ応援していきたいです。

——ありがとうございます。

平田 加えて、私たちがすごく意識しているのが、公正中立であり続けるということです。特に、個人会員のみならず企業や各種団体、政府、自治体など多様なステークホルダーを巻き込み共感を集めていくことで、影響力を増やしたり、大きなことを実現しようとしたりしているので尚更です。先ほど、保険会社を4社共同でとお願いしたと言ったように、「誰の回し者にもならない」と私自身が強く意識しています。やはり、特定の会社がスポンサーのようになってしまうと、そこの意向が働きかねないし、フリーランス協会が特定の業界に偏ってもよくないと思います。

それから、フリーランス協会は、特定の政党や議員と組まないという方針をこれまで貫いています。政策提言はするし、関係省庁とやりとりもするし、呼ばれればどこの政党にでも話をしに行きますけれども、会員の多様性を尊重し、自分たちから特定の人物に働きかけて関係を深く持って、宣伝に加担するようなことはしないというのがポリシーです。そういうスタンスを強く持っているからこそ、偏った派閥やイデオロギーに取り込まれることなく、いろんな方々に共感していただけているのだと信じています。

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